所感 Impression

日本にジャズ文化などなかったんだとつくづく思うこの頃。

敗戦後GHQの支配下の中で育った進駐軍ジャズ(キャンプで育った)と自虐史観教育で欧米コンプレックスがたっぷり染み込んだ学生が流れたジャズ喫茶文化?の中で、アートとして育ったかに見えた日本のモダンジャズ。

右肩上がりの時代は終わり、過去の価値観は瓦解しているこの時代の必然性を理解できなければ、今まで何年も努力して積み上げてきたものがほぼ何の役にも立たなくなった現実を認める事は本当に辛い事だと思う。

ライブシーンでは、やりすぎでもあくまで技術の優位性にこだわるタイプと稚拙なままでも人間関係や互助会的なつながりで人の来なくなった店に集客要員として雇われるタイプとがある。いわゆる二極分化だ。

どちらも聴きたいと思わないしつまらないと思うのだが。

そこに来るお客で前者は何か偏差値教育でやられた頭がその優位性に反応するマウンティング志向派、後者は音楽はわからなくても話し相手と暇潰しの相手がいれば御の字という派。

店のオーナーは後者の方が経営の足しになるらしい。その店もなんで音楽を売りにしているのかさっぱりわからない、あるいはわからなくなった店が多くなった。

お寒いというか腐りきっている日本の現状とリンクしている。

今は真にやりたい事、好きな事、必然性がないとできない事が白日の元にはっきりしてきたのだと思う。The Party is Over。 歌詞の意味とは違うが、目を覚ましてリアルになれという事だ。

とはいえほんのわずかでも良い音楽の魅力をわかるプレイヤーやリスナー、オーナーがいる事も事実。商売として成り立つのは難しいけれど。

過去にしがみつく守りでは先はないが、今一度真っ当なところからのスタートよりないのではないだろうか?

2 Responses to 所感 Impression

  1. ジョージ より:

    まさに同感👍 ジャズの現状は日本社会を投影してますね。
    その根本原因を追求する姿勢が少しでもないと、日本にいる必要ないでしょうねえ〜

  2. 林 のりこ より:

    いろいろ同感です。
    本来の音楽がどこかに行ってしまうのは、日本の民度の低さを露わにしているからなのかもしれませんね。
    よくわからないまま好きな音楽を自分でもできるようになりたいそういう気持ちを誰しも持っていたはず。お嘆きはなんとなくわかります。

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