フットプリンツ 5
高校をやめ大学の寮に住み込んでジャズピアノを始めた私は夜はバイトで生活費をかせいでいた。お茶の水の山の上ホテルの地下のレストランでボーイをやっていた。何せ音楽以外はやる気のない病の私である。ぼーっと突っ立っているだけで、ろくに客のオーダーも目に入らなかったのではないかと思う。オレンジジュースを白いドレスの上にぶっかけちゃったりするドジも。もうサイテー。ただここの店にハコで入っていたソロピアノのMHさんのピアノがうまかった。今聴いてもとてもセンスの良い演奏ではなかっただろうか。ホテルなのであくまでもBGMに徹するせいかグリーンドルフィンストリート等のジャズスタンダードの曲でもボサノバで弾く。ただしコードサウンドがジャズなのである。リズムも小気味良く、いわゆる流しているソロピアノと比べると一枚も二枚も上。極上のBGMソロピアノである。自分はあんなにうまく、しゃれたピアノを弾ける日は来るのかと、取り替えなくてもまだたっぷり入っているポットの水を替えながら、ぼーっと突っ立ちながらも耳は釘づけになっていた。そこで覚えたのがソーナイス、ウィチタラインマン、ゴッドファーザーのテーマ等だった。そのバイトを終えて夜地下鉄の落合駅から寮まで歩いたのが私の曲のタイトルにもなっている早稲田通りである。